2016年02月07日

2016年もよろしくお願いいたします。

2016年もあけてずいぶんたってしまいました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
お正月からあれこれと〆切りにむきあっていたので、ブログがなかなか更新できませんでした。

2016年は、アンソロジー、挿絵本の刊行、新聞の連載、絵本など、また新しいお仕事に取り組ませていただいています。
春には長編作も刊行される予定です。
(たいへん楽しみな状況で進行しており、深く感謝)
それぞれに自分にとってとても大切な仕事となります。
小説、絵本、童話にも順次とりくんでいく所存です。
長編小説のための取材にもあちこちでかけています。

昨年は複数の作家や編集者さんと、ドイツとポーランドに行き、戦争史や現今の社会問題、それからアウシュビッツ収容所の見学におもむくなど、大きな出会いと経験を得た年となりました。

ドイツでは、難民の支援にあたっている方や、ユダヤ人迫害史を伝える活動をしている画家の男性(70歳代の方で、幼少期に黄色いダビデの星をつけたユダヤ人夫妻をご覧になたっとか)、その他国内の事前取材においても、難民問題の支援にあたる方など、他者の命を思いはかるさまざまの活動をなさっている方にお会いしました。
それらの方々からは、内面から生ずる人としての品位のようなものを感じざるを得ないものがあり、自己の小ささを改めて認識することとなったように思います。

日本でもドイツでも、母国に極めて複雑な事情を抱える方々とお会いすることとなりましたが、直接に人とふれあってみれば、過酷な背景とは独立した命の輝き、エネルギー、人間自体の根本的な美質におどろかされ、このような、人の探りがたい根のところに明滅する「命の美質」というのは、どのように言葉を尽くしても表し得ないことを思い知らされます。もちろん、表しきることが出来ない前提があればこそ、人は表そうとする行為をやめないのだとも思いますが。

ときおり、「なんということだろう」とあ然となるほどに、人(他者)が、美しく見えることがあります。
この体験がなんであるのかを、正確に知ること語ることはむずかしいようです。
ふと相対したその人の背後に、はるかなる時の流れを感得します。
膨大な時間が、目の前にいるその人の、今のほほ笑みに注ぎ込んでいるのを、否応なく理解させられるようなひとときがあります。
視覚ではない器官によって感知される情報の多さを思います。


昨年は、さまざまにお世話になった方のことが、心に強く浮かぶ一年でもありました。
受けたご恩について、決して忘れないように、と思っています。
仕事をすすめる合間の息つぎとしてこのような文章をしたためることについて、ご海容いただけますと幸いです。

人生も創作も、これからもっと変化してゆきそうです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
 
posted by 草子 at 19:30| その他お知らせ