2017年12月29日

現在考B【樹木から教えられたこと:大波の越え方】

これからますます激動の時代となるけれど、といって、もはやニュースを見て一喜一憂する必要はかえって無くなっていくと思う。
なぜなら、国内のものであれ海外のものであれ、メディアにも知識人といわれる人々の口にも、もはや真実はのぼらなくなるからだ。
それどころか、かえってこれらの場では、いまだ「諸論」があるかのような装いが蔓延してゆくだろうと思う。

古い構造体の洗脳から目を覚まさない場合、「諸論」の装いに振り回されつづけることとなり、不安や恐れや絶望ばかり口にしながら歩むこととなる。
不安や恐れは、道を誤る最大の要因。
人々の視界を遮る濃霧となる。

それよりも、「自己」というアンテナを高高度にかかげ、その広い視野に行く先のナビゲートを託す方がずっと安全だ。
「天意の采配に自己を明け渡す」といっても良いかもしれない。
「天」は恐るべき完璧さで「個」をあるべきように動かす。
そして、天とは自己そのものなのだ。

高高度のアンテナに託せば託すほど、必要なときに必要な方角から、「これは」と思う情報が必ずもたらされる。
それらの情報は、すべての人に個人仕様にしつらえられているため、どれほど遠回りに見えようと、結果、最短かつ最も安全な道が選ばれていたことを、後になって知ることとなる。

「安全な道」は、ときに苦難に見えることもあるかもしれない。
例えば現在では、その類の苦難を、リストラ、退職、倒産、転職などの仕事環境の失敗や変化、抑鬱や身体的な病気、離婚などの様々な「苦」としか思えない出来事として味わうこととなり、人生のターニングポイントを迎えている人々も多くいる。

けれど、一見「弱者」となって転落を見たかに思えるその苦難が、実は「後に来るもっと大きな苦難」から救済されるための道であったと知る人は多い。

「天は自らを助くるものを助く」

「自己の真実の心」を一心に信じ「本来の自己」に背かない者だけが、アンテナを高高度にかかげる方法を見いだす。

生まれたときから、ずっと共にあった「自己」と、今こそ強く手を結ぶ必要があると思う。
もはや誤った世界が見せる混乱した情報に振り回されている時ではない。

「もっとも正確な筋書き」を持っているはずの「自己」は、すべての人にとって、生まれたときからずっといちばん近くにあったものなのである。 

 
posted by 草子 at 19:48| 表現、その他についての考察