2011年08月24日

あるいは波紋の上の石


とある談話の会に赴いたときのこと。壇上にはきらびやかな人たち(あるいはその場所につめのぼったのだという人や)が居並んでおり、ひとりの若者が手をあげて発言するに「私はあなたたちのような立場をのぞんでいた。うらやましく、ねたましくすらある」とはじめました。


若者はずいぶん動悸をして、声はふるえておりました。まのあたりにしているうちは、若者の緊張がつたわって私までも焦る心地にさせられたものでした。


けれど幾日も日が過ぎた今になってみると、壇上の人々の上等なふるまいよりは、あの若者の動悸やふるえの方が濃くまざまざと思い出されます。


誰もが死ぬのに、死ぬまでに為せることについて個体の差は激しい。多くの人が打ちのめされるその事実について、ずいぶん愚直に向かった若者は。それでも社会の意に染むように、気さくに生きたりできないでしょう。


できないことのある人は、あんまりふるえて美しく。あるいは飛沫をまき散らす、波紋の上の石でしょう。あの日の午後、私はたしかに若者の飛沫を受け取り、自分の貧相な手の内に水滴が光るのを、じっといつまでも見ていたのです。


 
posted by 草子 at 07:42| 短歌、詩