2013年03月02日

透明水彩絵の具

fuku-tomei.jpg

近く描く予定の絵本の絵、当たり前ですが、いい絵を描きたいなと思いまして、
本番に移る前にさまざまな描き方や、紙、筆など画材をあれこれ試しています。
そんな中で十年位は放置していた「透明水彩」を出してきて、描いてみて
「透明水彩ってこんなに鮮やかで透明感があったのか〜!」と驚きました。

上の絵は透明水彩で描いたもの。
絵自体はあまりよく描けてないのですが……、色の重ねの透明感に
渇いたのどに水を与えられたような快感を感じ、感動しました。
画像では、他の絵と大差ないようにみえるかもしれませんが、
体感的なものがずいぶん違いました。目から鱗が落ちた気分になりました。

なぜ、それほど素敵と思う画材を長らく放置していたのかというと、
大学受験期の今よりもっと下手クソな頃に、受験美術のために
透明水彩で絵を描いていて、下手な上に焦って描くものだから、色が濁り
「透明水彩=べしゃべしゃに色が濁って霞みかかったような絵になる」
という記憶が自分の中に刷り込まれていたためです。
頭では「透明水彩は透明」という知識はあるのに、
自分の肉体に織り込まれた体験が邪魔をして、
透明水彩に触ること自体が億劫になっていました。

長い年月を経て、もう一度触ってみたら、自分自身が変わっていたので、
画材の方から訴えてくるものも変わっていました。おどろきです。

とはいえ、今の自分にとって透明水彩は難しい画材なので
これで絵本の絵を描くかどうか分かりませんが、とにかくもっと練習してみます。


五年以上前に、とある講演で絵本作家の酒井駒子さんが
「画材はいろいろ試した方がいいですよ」
「自分は(ある画材に出会ったことで)、これだ! と思った」
というようなことをおっしゃっていて、そのときは
「なるほど」と思いつつも、半ばぼんやりと聞いていたのですが、
今は酒井駒子さんのお話が、つくづくと胸に染みています。

人間は時を過ごせば変化するし、
それに合わせて、画材の肉体的感応も変化するのですね。

自分の肉体が感応する画材や描き方を、ちゃんと探してゆきたい。

 
posted by 草子 at 03:55| 作業風景